伊吹山を知る山と人間学の本(伊吹山ネイチャーネットワーク) 水系の暮らしを見つめる伊吹の眼差し:大沼 芳幸(伊吹山ネイチャーネットワーク)


10. 水系の暮らしを見つめる伊吹の眼差し:大沼 芳幸
【神の宿る山】

 私は大津市坂本に住んでいます。冬晴れの日、北を遠望すると琵琶湖の水面越しに白く神々しく輝く伊吹山が見えます。「そうか、この漫々たる湖水は、あの神山に源を発しているのか!」と、改めて感じます。
 ここで伊吹を神山と表現しました。古より伊吹が神の宿る山として信仰の対象となっていた事は、事新しく述べるまでもありません。伊吹の神は、かの日本武尊を打ち負かした日本最強の霊威を持つ神として、恐れ、そして崇められてきました。伊吹の神は『古事記』では巨大な白猪として、『日本書紀』では大蛇として登場し、日本武尊の命を奪う。そう、人の命など簡単に奪い取る「荒ぶる神」なのです。しかし、その恐ろしげな姿も、白猪は純白の雪衣を纏った伊吹山の姿、即ち雪解けがもたらす水源の力を、大蛇は水の精を象徴すると考えれば、人に水の恵みをもたらす神であることも、古の人々は感じ取ったに違いありません。人を含む全ての生き物は、生きるために水を求めます。伊吹の神に敗れた日本武尊を蘇生させたのも、水(居醒清水)です。その水を生み出す山を神と感じるのは当然の心象です。まして、琵琶湖の源流に聳える近江最高峰に最強の神を据えたのは郁子なるかなでしょう。人々は、水の恵に感謝し「荒ぶる神」を宥め、慰め、楽しませました。これが様々な祈りの形として、伊吹山麓を彩っています。



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