伊吹山を知る山と人間学の本(伊吹山ネイチャーネットワーク) 伊吹山の城:中井 均(伊吹山ネイチャーネットワーク)


7. 「伊吹山の城」:中井 均
はじめに
 伊吹山は神の居ます山です。古くは縄文時代より信仰されてきました。仏教が伝来すると神の山伊吹は修行の場となり、平安時代以降には山岳寺院が建立されました。南北朝時代になると、こうした山岳寺院は城郭として利用されるようになります。一見信仰と戦いは相反する対極に位置しているように思われますが、実は信仰の場が意識的に戦いの場として利用されたようです。信仰の山に城を構えることにより、神や仏に守護される城という意識が持たれたり、周辺の人々の拠り所を守る城として民衆の支持を得たものと考えられます。
太平寺城
 米原市朝日の観音寺に所蔵されている文書には、五辻宮守良親王の令旨を受けた観音寺の僧は、鎌倉幕府調伏の祈と軍忠を誓って太平寺に城を構えて警護の任にあたり、老僧は祈を連行し、若衆は番場(現在の米原市番場)に出兵したことに対する恩賞を求めたことが記されています。ここに記された五辻宮守良親王とは亀山天皇の第五皇子で、鎌倉時代の末頃に伊吹山の太平寺に遁世していたようです。少なくとも伊吹山太平寺は皇室と深く繋がっており、特に大覚寺統は地方の山岳寺院と密接に連絡を取り合い、皇子たちを送り込んで地域の拠点としていたようです。ーーーーーーー