伊吹山を知る山と人間学の本(伊吹山ネイチャーネットワーク) 伊吹山で修行した円空・播隆:黒野 こうき(伊吹山ネイチャーネットワーク)


6. 伊吹山で修行した円空・播隆:黒野 こうき
■信仰の山「伊吹山」
 伊吹山は古代より山岳信仰の山でした。山を敬い、その恵みに感謝を捧げる日本古来の神信仰に、渡来した道教、仏教から派生した山林修行の行者、僧侶らの行ないが加味し、山々の神と仏教が融合し、神仏習合が形成されました。修験道が成立するのは平安時代後期以降のことです。役小角・役の行者(七世紀〜八世紀の大和国葛城山の呪術師)が後世になって理想化され、修験道の開祖として語られるようになります。奈良時代の僧、越の大徳と呼ばれた白山開祖の泰澄が伊吹山に登拝したとの伝承もあります。
 伊吹山の山岳信仰の筆頭にあげられるのが三修(八二九〜九〇〇)です。三修は平安時代に伊吹山で修行し、伊吹山の山岳信仰を盛んにします。伊吹山の山岳信仰は平安時代後期から鎌倉時代にかけてその規模を拡大していきます。その盛況のようすは、たとえば伊吹山にあったお寺のひとつである弥高寺は弥高百坊あるいは三百坊などといわれています。実際に伊吹山にあった寺坊の数はわかりませんが、かなりの寺坊が山中に林立していたようです。また、伊吹山麓には伊夫岐神社、三之宮神社などの神社もありました。
 盛んであった伊吹山の山岳信仰は、江戸時代になると次第に衰退してゆきますが、それでも山中の寺坊では修験者、修行僧が修行をつづけていました。その中に江戸時代前期の円空、後期の播隆がいます。
 伊吹山は石灰岩の山塊であるため、巨岩、奇岩が山中に数多くあり、修験場となる岩屋がたくさんあります。修行者はそれらの行場、岩屋を巡って修行しました。ここでは伊吹山を舞台とした、庶民とともに生きた江戸時代の宗教者を紹介します。円空と播隆です。ともに伊吹山での修行が基盤となった行者です。



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