伊吹山を知る山と人間学の本(伊吹山ネイチャーネットワーク) 伊吹山周辺の仏:高梨純次(伊吹山ネイチャーネットワーク)


5. 伊吹山周辺の仏:高梨純次
 伊吹山は美濃との国境に屹立する近江で最も標高の高い霊峰で、気象的な特質も反映したのでしょうか、荒ぶる神の山として恐れられ、崇拝されました。最も有名な逸話として、『日本書紀』や『古事記』に記録されるように、伊吹の神は、古代の英雄、倭建命に致命傷を与えることになります。強力な威力を発揮する伊吹の神は、その霊威が強力であればあるほど、信仰する者を守護してくれる力も強力であると信仰を集めます。
■伊吹山は三修が一千有余年前開山
 奈良時代の後半、在来神と仏教の関係性が深くなる神仏習合という現象が顕著になってきます。神仏習合については、様々な展開が見て取れますが、ちょうどこの頃から、山中で修行する僧の活動や、その拠点としての山岳寺院の建立も盛んとなってきます。荒ぶる神は、真摯に山中で修行する僧との関係を取り結び、神自らが僧を通じて仏教的な救済を願います。また、僧に対して強力な験力を与えるとともに、山岳寺院を保護し、地域社会や、さらに広く国家の災いを取り除き、それらの繁栄を約束すべく働きかけようとします。
 美濃との国境にある伊吹山は、特に美濃境界領域の霊山として、奈良時代の後半から強く意識されるようになり、平安時代に至ると、神に対して、律令官人と同様に位階が授与され、元慶元年(八七七)には従三位と、人身でいえば公卿の位にまで進階します。それとともに、承和三年(八三六)には薬師悔過を行って国家の攘災を祈り、さらに南都僧の三修によって寺院が開かれ、元慶二年(八七八)には、伊吹山護国寺として国家公認の定額寺に認定されます。神階の授与と、官立寺院の活動とは、まさに一体の施策であったことがわかります。



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