伊吹山を知る山と人間学の本(伊吹山ネイチャーネットワーク) 伊吹山と日本武尊:竹田繁良(伊吹山ネイチャーネットワーク)


3. 伊吹山と日本武尊:竹田 繁良
■倭の国の英雄と剣
 ヤマトタケルは古代の英雄です。第十二代景行天皇の皇子で、双子の弟として生まれ、幼名を小碓命またの名を倭男具那命といいます。古事記では「倭建命」、日本書紀では「日本武尊」と書きます。ヤマトの政権が拡大する過程で、これに関わった英雄たちをつなぎ合わせて、一つの物語にしたのがヤマトタケルの話だとされています。ここでは「ヤマトタケル」を使います。
 その名前ですが、若い頃クマソタケルと戦った際、その「タケル」の名を献上されてヤマトタケルと名乗ることとなったのです。更に出雲を平らげ、その後、父天皇より東征(現在の関東及び筑波山方面か)を命ぜられます。東征から尾張に帰りミヤスヒメと結婚し、平和な日々を味わったのも束の間、伊吹山に荒ぶる神がいるとの知らせを受けました。そこで草薙剣をミヤスヒメに預け、伊吹山に向かいました。このミヤスヒメの家、つまり尾張氏の邸宅は、現在の名古屋市緑区にありました。
 草薙剣はもと天叢雲剣ともいい、スサノオがヤマタノオロチの尾を切ったことに始まり、さまざまな人々の手へと移り、受け継がれたものです。そして東征の際、ヤマトタケルが火攻めに遭ったとき、周りの草を刈って火を点け、助かったという迎え火の話から、草薙剣と名付けられました。これは現在尾張の熱田神宮の御神体だとされています。



目次に戻る
本書の購入は→
伊吹山ネイチャーネットワーク【TOP】